やまぐち地ブログ

萩と長門の蒲鉾の違い《萩市》

萩市 | お知らせ | 2010.12.20 23:46

みなさんこんばんは!「ふるさと萩食品協同組合」の椋木です!!!
今日は長門市の地ブログ担当の方にお会いしてきました♪
いやーダンディーなイケメンでしたなぁ。
歳も我が上司S氏と同い年くらい。
体の線がシュッとしちょってスーツもよく似合っちょる。
大久さんが「椋木君と同い年くらいじゃないの?」と間違えてしまうのも理由がわかる。。。
なんでもフルマラソンが趣味で、その為に毎日走っているんですって。。。
なんと1時間で15キロも。
僕もダイエットの為に走ってはいるのですが(冬になって殆ど走ってないせいで3キロ増えたそ。。。)、1時間で10キロしか走れません。
いったいどんな早さで走っとるんやろ(泣)

長門市の地ぶろぐはこちらん♪
さてさて長門市に行った理由はさておいて、
長門と言えば仙崎の蒲鉾が有名ですね。
萩でも蒲鉾が有名

という事でちょっと調べてみました。
「萩と長門の蒲鉾何が違うのー?」の巻き!
と勢いよく始めたはいいんですが
全く同じでした。
それではまた明日ね〜♪
とここで終わったら上司S氏のパンチが飛んでくるのでちょっと調べてみました。
萩と長門で作られている蒲鉾は
「焼き抜き蒲鉾」
と呼ばれているらしく、通常は蒸して作られる「蒸しかまぼこ」が一般的なんですが「焼き抜き蒲鉾」は蒸す工程がなく遠火で焼きあげて作られるんですって。
ふ〜〜〜ん。
そういえば東京でやった紀ノ国屋萩フェアで蒲鉾を蒸して作らないって事にケッコー驚かれたな。。。
遠火でじっくり時間を掛けて焼くことにより、焼き抜き蒲鉾独特のプリプリとした弾力と、つややかできれいな若いおねーさんの様な肌が生まれる訳です♪♪

 

起源は萩の調理人「九郎兵衛」が、獲れたての魚のすり身を蒲の茎にぬって焼き上げ、五代藩主毛利吉元公に献上したのが始まりと言われています。

吉元公は、大変お気に召し、藩主が江戸参勤の度、職人を伴い、江戸屋敷で製造させ、徳川将軍家へのお国土産として献上。以来、長州名物として世間にも広がったんですって。
なるほどねぇ。
発祥は萩ね。
でも蒲鉾で有名なの長門の方じゃない?
とゆーのも僕が東京に住んでた時に、年配の方に萩出身だとゆーと「長門近いなら蒲鉾送ってくれない?」とよく言われてたのです。
この理由を調べてみると、
「仙崎が引揚港になっていたから」

というものがありました。
引揚者を受け入れる港の「引揚港」ね。
引揚者ってゆーのは、「第二次世界大戦までの時代に、満州や樺太などに移住(居住)していた日本人で、日本軍の敗北に伴って日本本土に還った者を指す。※原則的に非戦闘員」です。
この引揚者を仙崎の人たちは、自分の家に泊めるなどして温かく出迎えたそうです。
引揚者の人達は故郷に帰った後も、仙崎は第二の故郷と思えるほど強く心に残り「仙崎かまぼこ」はその想いとともに彼らの故郷の味になり、その名前は口伝えに全国に広がったという訳です。
なーるほどねぇ。。。
発祥は萩で広まったのは長門の人の親切な心のおかげ。
いーじゃん!!!
うち好き、こーゆーの!!!!

まぁ、他にも諸説色々あるので興味があれば調べてみてね♪
こんど萩フェアがあったらこれで説明しよ〜っと♪
それでは又明日ね♪

 

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