やまぐち地ブログ

祝 石見銀山世界遺産登録 ・・・ 西の京やまぐちとの深~い関係

山口市 | お知らせ | 2007.07.06 13:31

 石見銀山 世界遺産登録おめでとうございます

山口県のお隣、島根県大田市からの吉報です。

まず、長年ご努力された関係者の皆様に敬意を表します。

ところで、『世界遺産 石見銀山』と西の京と呼ばれていた山口市は、深~い結びつきがあるのをご存知ですか。室町時代末期、中国地方・九州北部・京都周辺まで勢力を伸ばし、栄華を誇っていたのが大内氏で、その居城は山口市にありました。大内氏第30代大内義興(よしおき)と出雲の銅山主・三島清右衛門は、博多の商人 神谷寿貞を支援し、1526年頃から銀山開発が本格化しました。

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この銀山をめぐって山口の大内氏と出雲の尼子(あまご)氏、そして後に毛利氏と尼子氏の間で大争奪戦が繰り広げられることになります。石見銀山の開発を支援した大内義興は、周防・長門・石見・安芸・筑前・豊前・山城(今で言う、山口県・広島県・島根県・岡山県・京都)7カ国の守護職を兼ね、織田信長らが登場する前の戦国時代前期の事実上の天下人として君臨した人物の一人です。足利義稙(よしたね)を奉じて上洛し、再度将軍にして11年間幕政を司りました。日明貿易も独占し、大内氏を隆盛に導きました。義興が山口を留守にしている間に、出雲の尼子氏が力をつけ、石見銀山を巡り争いが激化。そのため義興は京都から突如山口へ帰国し、以後、石見銀山を含む中国地方の覇権をめぐり、相争うこととなります。

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西の京山口に隆盛を誇った大内氏の最大の文化遺産が、1442年頃建立された国宝瑠璃光寺五重塔。(上記写真です。)この塔は、全国に現存する40基の五重塔の内で10番目に古く、その美しさは日本三名塔に数えられています。夜間 ライトアップもされておりますので、石見銀山に立ち寄られる方は、足をもう少しだけ伸ばされて、是非立ち寄られてください。山口には、数多くの大内氏にまつわる史跡名勝があります。また、山陽随一の名湯、湯田温泉もあるので、宿泊されゆっくり西の京と呼ばれた街のそぞろ歩きもお勧めです。世界遺産に指定された銀山にプラスして、それにまつわるストーリー(戦国大名の銀山物語)を自分の足で紐解く旅などはいかがでしょうか。

 『おいでませ、山口』へ。

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